2012年10月29日月曜日

名刀 正宗

カテーテルアブレーションとは、カテーテル先端を心筋に接触させて、高周波の電流を流し、心筋を焼灼して、不整脈を治療することです。焼灼中にカテーテル先端が、60℃以上になると、周りに流れている血液が、カテーテル先端に凝固付着します。その血液の塊が、剥がれて、血流によって運ばれ、脳血管を閉塞すると、脳梗塞を合併してしまいます。

そのため、アブレーションカテーテルには、安全機構が付いており、カテーテル先端が50~55℃になると、自動的に出力が制限され、先端温度がそれ以上にならないようになっています。しかし、焼灼中にその温度に到達し、出力が制限され、心筋が十分に焼灼できないことがしばしばありました。

そこで、イリゲーションカテーテルといって、カテーテル先端の6個の小さい孔から少量の生理食塩水を噴射し、カテーテル先端を冷却しながら通電するものが開発されたのです。しかし、それでも、カテーテル先端の温度が上昇し、十分に出力がでなかったり、また、アブレーション中に総計で1リットル近くの生理食塩水が体に入るため、心機能の低下した患者さんでは、心不全を合併したりしていました。

今年になり、先端の孔がなんと56個もあるものが開発されました。そのため、より少量の生理食塩水でもカテーテル先端が、十分に冷却され、使用する生理食塩水の合計も約半分で済むようになりました。心筋内のすべての領域で、こちらが思う通りの、出力を安全に出せるようになったのです。私自身アブレーション治療を始めて、17年になりますが、やっと名刀「正宗」を手に入れた気分です。
アブレーションカテーテル先端に56個の小さい孔があいています。今日の段階でまだ正式に発売はされていませんが、当院では先行して、使用させていただいています。すばらしいカテーテルです。

2012年9月5日水曜日

ライプチヒ

数年前にある企業の招待で、ドイツのライプチヒ大学にアブレーション治療の見学に行きました。その大学はドイツの不整脈治療の中核をなす病院で、ドイツ人のアブレーション技術は如何なものかと興味津津でした。

しかし、改めて日本人の手先の器用さを再認識することになりました。使える道具は別として、カテーテルさばきは日本人医師の方が断然、格段に上手い。

しかし、残念なことに使える道具はドイツの方が数年先を行っています。勿論、日本でも同様の技術は持ち合わせていますが、霞が関という堅物のせいで、良い物を作っても実際に使用可能となるのには、途方もない時間がかかります。

その際、ライプチヒで食道温度センサーという良い物を見つけました。以前から心房細動アブレーションに伴う食道障害を予防するために、食道温度は測定していましたが、もう一人の医師がつきっきりで食道温度を測定しなけらばならす、その医師の放射線被曝は相当なものになっていました。見つけた食道温度センサーは同時に3箇所で食道温度が測定可能で、尚且つ、3D画像に表示することもできるので、焼灼部位と食道の距離も一目瞭然で、合併症予防に非常に有益です。個人輸入して使用しましたが、1本がなんと8万円。保険請求できないので、すべて病院が自腹を切ってくれていました。それがなんと、最近になり、日本でも保険請求ができるようになり、どこの病院でも使用可能となったのです。少しずつですが、確実にアブレーション環境は改善してきています。
同時に3箇所で食道温度が測定可能なセンサーです。

2012年7月18日水曜日

カナダからの手紙

海外では使用可能な薬が日本で使えない。よくある話で、官僚の人手不足が根本的な原因と思われます。

同様、海外で使用可能なとても有用な機器が日本で使えません。カナダのベンチャー企業が開発した高周波中隔穿刺針のことです。針先から高周波電流を流し、簡単に心筋に小さい穴を開けることができます。元々、心臓手術後の分厚い心房中隔を穿刺するために作られたそうです。


普通の心房中隔の卵円窩というところは、伸展性のある膜で出来ているため、先端が鋭利な針で刺しても、ビヨーンと伸びきってしまい、症例によっては穴を開けるのに非常に苦労します。そういう症例では穴が開いた瞬間に針が心臓内に押し出され、開けてはいけないところに穴を開けかねません。心タンポナーデの原因にも成り得ます。

そこで、先の高周波中隔穿刺針をドクターライセンスを使って3本個人輸入し使ってみました。これが非常に良い。とても良い。卵円窩を押す必要が全くない。針を軽くあてて、高周波を流すだけで、安全に簡単に穿刺が可能です。早く全症例でこの中隔穿刺針を使用したい。この機器の使用願いは既に厚労省に申請されていますが、許可が降りるのはいつのことやら。お役人頑張れ!

最後に白いものが現れた時が高周波が出た瞬間です。簡単に安全に心房中隔に穴を開けることができます。この機器を早く使いたい。

2012年7月17日火曜日

心房細動アブレーション適応

別に示したように日本循環器学会から心房細動治療の新しいガイドラインが発表されました。薬剤に抵抗性のある発作性心房細動は、年間の心房細動アブレーション症例数が50症例以上実施している施設でカテーテルアブレーション治療を施行する場合、クラスⅠとなりました。クラスⅠというのは、その治療を実施した方が望ましいということです。

やっとアブレーション治療がクラスⅠに昇格したという思いです。では、持続性心房細動や慢性心房細動はどうなのか?これらはまだクラスⅡです。アブレーション治療を実施した方が、良いか悪いかはまだ良くわからないということです。

そこで、心房細動アブレーション治療の適応について私の考え方を簡単に説明します。これは合併症を伴いうる手術であればすべてに当てはまることです。つまり、アブレーション治療を実施して、成功裏に終わった時に患者さんが得られるメリット(利益)と、治療を実施することでもしかしたら被るかもしれないデメリット(不利益)を、しっかりと天秤にかけるというこです。利益の方が随分重いと判断した場合に、アブレーション治療を受けたほうが良い。利益と不利益は患者さんの状態により変わりますし、どちらが重いかは患者さんの価値観によっても変わってきます。利益は主に「動悸が改善する」「脳梗塞や心不全のリスクを遠ざけることができる」「ワルファリンが中止できる」等で、不利益は「合併症」ということになると思います。

医者も同様に、患者さん毎に、利益と不利益をはかりにかけています。その時の医者の考えは、患者さんに伝えますが、その考えを押し付けるわけには行かないので、最終的な判断は患者さんご自身でなさるということになります。この利益と不利益について、ご自身で良く判断できないかたは、一度ご相談ください。

患者さん毎に、アブレーション治療による利益と不利益を天秤にかけ、利益の方が重いと判断した時にアブレーション治療の適応となります。これは私の考えであり、すべての医者が同様の考えかどうかは不明です。

日本循環器学会心房細動アブレーション治療ガイドライン


以下に日本循環器学会から発表された新しい心房細動カテーテルアブレーション治療のガイドラインをお示しします。詳細については、このブログで後々説明致します。

クラスⅠ:
クラスⅡ a
 1. 薬物治療抵抗性の有症候性の発作性および持続性心房細動
 2. パイロットや公共交通機関の運転手等職業上制限となる場合
 3. 薬物治療が有効であるが心房細動アブレーション治療を希望する場合
クラスⅡb
 1. 高度の左房拡大や高度の左室機能低下を認める薬物治療抵抗性の有症候の発作性および持続性心房細動
 2. 無症状あるいはQOLの著しい低下を伴わない発作性および持続性心房細動
クラスⅢ:
 1. 左房内血栓が疑われる場合
 2. 抗凝固療法が禁忌の場合

クラスⅠ:有益であるという根拠があり,適応であることが一般に同意されている
クラスⅡa:有益であるという意見が多いもの
クラスⅡb:有益であるという意見が少ないもの
クラスⅢ:有益でないまたは有害であり,適応でないことで意見が一致している
横須賀共済病院内にある、パン屋さんです。ここでパンを焼き上げますので、焼きたてのパンが食べられます。患者さんにはとても好評です。当院へお越しの際には、是非お立ち寄りください。

2012年7月8日日曜日

思い込み

思い込み。これほど、医療の現場において、危険な事故につながる原因はありません。私は当院の医療安全委員会に属していますが、院内で発症するヒヤリハットの原因はほとんどが思い込みです。


カテーテルアブレーション治療とは、心臓の中で起きている電気の流れを頭の中で整理しながら、カテーテルを動かしつつ、まるで詰将棋の様に、不整脈の原因場所を特定していくものです。実はこの作業が最も楽しい時間なのですが、この詰将棋を行なっているときに、「思い込み」という魔の手が襲ってくるのです。


詰将棋、別な言い方をすると、「犯人探し」をしているときに、それと思しき後ろ姿を発見したりすると、そこにいるはずだと思い込んでしまうのです。実は単にうしろ姿が似ているだけで、全く別人なのですが、探しているこちらはそうとは思いません。最後には、真正面から被疑者を捉え、こちらが誤っていたと気付くのですが、ドツボにハマるとそれさえも気づきません。


アブレーション治療をする前に、いつも回りに聞こえないように口ごもりながら反復します。「思い込むな」と。これで思い込みは少なくなるはず・・・と思いますが、これも思い込みかもしれません。
横須賀共済病院から10分ほど歩いた所にある三笠公園の戦艦三笠です。
私と同郷の秋山真之が乗った日本海海戦時の旗艦です。






2012年7月6日金曜日

技術革命

技術革命というほど大げさなものではないかもしれませんが、私が医者になった頃、20年以上も前のことになりますが、心臓超音波装置はとても大掛かりなものでした。機械本体は八畳間の半分も占める様な大きさで、そこから伸びるブルブルと振動するエコープローベを患者さんの胸壁に押し当てて心臓の中を観察していました。このエコープローベがとても貴重なもので、それだけで何と数百万円もし、尚且つ少しの衝撃でも故障するものですから、大切に大切に取り扱いました。落としたりでもしたら、先輩から大目玉を食らったものです。

時は移り、昨年11月から日本でも最新鋭のカルトサウンドという心腔内エコーが使用可能になりました。小型化したエコープローベを心臓の中に直接入れて観察するものです。勿論エコープローベは震えることはなく、そして、な・な・なんと使い捨てです。

胎児の時は右心房と左心房の間には小さい孔が開いていますが、成人になるとここに数mmの膜がはり、両心房間の連絡はとだえてしまいます。心房細動アブレーションの際には、ここに小さな穴を開け、左心房との連絡を確保しなければなりません。以前は、針先から造影剤を流しながら、膜の位置を”想像”し、最後には”エイや”という感じで針を刺して穴を開けていました。間違った場所を刺してしまうと、極めて稀ですが、心臓から血液が外に漏れてしまう心タンポナーデという合併症を発症してしまうこともありました。


心腔内エコーを使用するとこの薄い膜が一目瞭然です。針先が適切な部位を捉えているか確認してから、刺せるようになりました。術者も精神的にとても楽です。時代と共に医療技術は確実に進歩しています。


薄い膜のところが穿刺部位です

2012年7月5日木曜日

酒は百薬の長?

お酒にまつわることわざは沢山あります。「酒は百薬の長」「酒は天の美禄」「酒に三十五の矢あり」「酒は百薬の毒」など。良く言われたり、悪く言われたり。様々です。

昔の人は自分の経験だけで、良くもここまで真実を見抜いたものだと感心します。確かに、健康に関する限り、お酒は良いところも、悪いところもあり、どちらとも言えないのです。飲酒する人の健康状態によって全く違ってきます。

狭心症や心筋梗塞の患者さんでは、適量のお酒を飲む人の方が、全くお酒を飲まない人より、心疾患による死亡率が低くなります。一部の方には朗報でしょう!では心房細動はどうか?いままで沢山の研究がなされてきましたが、心房細動に関しては、残念ながら酒量が少ないほど、心房細動発症の危険性は下がります。つまり飲まないのが最も良い(1)。

先日、九州から心房細動の患者さんがアブレーション治療を希望されて受診されました。「お酒が好きだけど、飲んだ翌日には必ず心房細動の発作が起きてしまう。最近は発作が怖くて、お酒が飲めなくなった。アブレーションで心房細動を治して、また酒が飲みたい。」担当医としては「・・・・」な気持ちです。お酒はほどほどに。

焼酎を水で割り、鉄瓶に一晩つけて黒ヂョカで頂くとたまりません。
参考文献 (1) 桑原大志 若年者の発作性心房細動 日本医事新報 2013:10

2012年5月2日水曜日

心房細動アブレーションは脳梗塞を予防する

私は根に持つタイプかもしれません
8年前、京都で開催された学会で、「多くの慢性心房細動がアブレーション治療で治る」と高橋部長と共に報告しました。フロアからは批判の嵐。「慢性心房細動患者さんの様に、動悸の自覚症状が強くない人にアブレーション治療をして何の意味がある!」まさに袋だたき。

私達はその当時、慢性心房細動患者さんでは、たとえ動悸症状が強くなくても、アブレーション治療で正常の脈に戻すことにより、その後の脳梗塞の予防効果があるはずだという強い信念を持って、アブレーション治療を続けていました。しかし、世間は許しません。まるで我々のことを犯罪者扱いです。

時が流れて、私達の仮説が正しいという報告を発表し、また海外からも同様の報告が発表され始めると、世の中は一変します。

当時、皆の先頭をきって私達に食ってかかってきた先生方が、今や学会で慢性心房細動はアブレーション治療の良い適応だと公言してはばかりません。「慢性心房細動」たとえ症状がなくても、アブレーション治療を実施することで、脳梗塞を予防し、心機能低下を防ぐ可能性があります。しかし、すべての慢性心房細動患者さんがアブレーション治療の良い適応とは言えません。お悩みの患者さんは、当院へ一度ご相談にお越しください。

黒棒は心房細動があり、薬物治療を続けた患者さん、グレーの棒が心房細動があり、アブレーション治療を受けた患者さん、白棒が心房細動を認めない正常の脈の患者さんです。Stroke(脳梗塞)、Death(死亡)の発症率は、薬物治療を続けた患者さんより、アブレーション治療を受けた患者さんで、圧倒的に少なくなっています。

2012年4月27日金曜日

花畑

カルト。といっても新興宗教ではありません。心臓の回りに磁場を作成し、アブレーションカテーテルの先端が心臓のどこにあるのか、3次元的に把握するシステムです。原理はカーナビゲーションのGPSと全く同じです。現在では不整脈治療に欠かせない重要なツールで、多くの施設でカルトを使用し、アブレーションを実施しています。当院のカテーテル室にも最先端のカルト3という機械が3台備わっています。

しかし、このカルト。特徴を十分に理解して使用しないと大きなしっぺ返しをくらいます。例えばカーナビの場合、人工衛星の捕捉状態によれば、道案内が遅れることがありますね。また、知らない土地に行く時、GPSがあるととても便利ですが、よく知っている所へは、GPSを使わなくても、渋滞のタイミングを計り、近道を通って、安全に早く到達することができます。却ってGPSに従ったほうが、危険で時間のかかる場合もあります。

カルトも同じです。時折、カテーテル先端の3次元的位置情報が実際のそれとズレることがあります。ですから、正確なカテーテルの位置は、アナログ情報で把握するしかありません。当院ではカルトが隆盛になる前から、レントゲンで見えるカテーテルの動き、手に伝わるカテーテルの感覚、カテーテル先端の電位情報を元にアブレーションを行なっており、カルトを使用したアブレーションと同じレベルのアブレーションが実施できていました。

当院でも毎日カルトは使用しています。しかし、機械は上手に使わないとその威力を発揮できないのです。現在では、後回しにされるような術者の五感を使用したアブレーションを大事にしないと、本当の職人医師にはなれないと思います。

カルト像
当院のA病棟の花畑です。色使いがなんとなくカルトと似ていません?






2012年4月26日木曜日

ゴミの中に宝

ゴミ。
少々、お行儀の悪い言葉ですが、不整脈治療を実施する医師が良く口にすることばです。
何がゴミか?心臓の中の、僅かに記録できるかできないか程度の小さい電位のことを指します。余り重要でないことがほとんどですが、時にそのゴミに宝が隠されていることがあります。

つい先日、アブレーションを実施した患者さん。
3年間、脈拍が120~130拍/分程度の心房粗動が続いています。実を言うと3年前に、私がその心房粗動に対してアブレーションを実施し、成功裏に終わらなかった患者さんです。抗不整脈薬も無効で、持続する心房粗動のため、心拡大が進行し、心不全兆候が出現し始めました。この3年の間にイリゲーションカテーテルという、新しいアブレーションカテーテルも使えるようになったので、もう1回治療を試みようということになりました。

心房内をくまなく調べると、心房粗動の回路が明らかとなり、そのキモとなる部位が、下記の僅か0.25mV程度のゴミ電位です。余程注意深く見ないと見過ごしてしまう電位で、おそらく心筋の奥深くから出てくる電位です。アブレーションカテーテルの先端を、そこに押し当て、通常より、高い出力で通電しました。すると通電開始から28秒後に、その心房粗動が停止し、正常の洞調律に復帰したのです。その瞬間、手術室にいた全員から歓声と拍手が沸き起こりました。医者をやっていて、全身で喜びを感じる瞬間の一つです。

何気なく見過ごしてしまうもの。その中にも治るためのヒントが隠されていることがあります。集中力がとても重要な仕事です。
(矢印の間がゴミ電位です)



2012年4月24日火曜日

ワルファリン

ワルファリンという薬があります。
心房細動患者さんにとってはとても重要な薬で、血液が凝固するのを抑制し、脳梗塞を予防してくれます。しかし、その効果が故に、血が止まりにくくなり、出血しやすいという副作用も持ち合わせています。

そのため当院では以前は、アブレーションによる出血性合併症のリスクを少なくするために、心房細動のカテーテルアブレーションを行う前に、一旦ワルファリンを中止していました。

しかし、現在ではワルファリンを内服したままアブレーションを実施しています。その方が手術中の脳梗塞の合併を、極めて低くするこができると判明したからです(1)。しかも、ワルファリンの効果を中和しくれる注射も開発され、万が一出血性の合併症が起きたとしても、すぐに出血も止めることができます。これで最近では脳梗塞の合併をあまり心配せずに、治療することが可能となりました。ワルファリンに感謝、感謝です。

ところでこのワルファリン。元をたどればシナガワハギなどのスイートクローバーから精製されたものだそうです。このスイートクローバーを家畜に食べさせたところ、出血がとまらなくなり、その原因を研究している際に、抗凝血作用を有するジクロマールという物質が判明し、ワルファリンはそれをもとに合成されました。

スイートクローバーの花(ウイキペディアより)
参考文献 (1)Kuwahara T, et al. J Cardiovasc Electrophysiol. 2013 May;24(5):510-5