2015年12月29日火曜日

あるお坊さんの死

今年最後のブログです。「愛媛県立新居浜病院 救命救急センター」で私は働いていました。平成13年〜14年だったと思います。その晩私は、同センターの当直医でした。

年配の男性が救急車で運ばれて来ました。主訴は胸痛。型のごとく、胸部レントゲン写真を撮り、心電図検査、血液検査を実施します。結果は心筋梗塞でした。カルテにはすでに2回の心筋梗塞を患っていると書かれています。心臓を栄養する血管は3本です。2回の心筋梗塞の既往とは、3本の内2本は閉塞しているということです。その時の検査結果は残る1本の血管が詰まったことを意味していました。

私はすぐに医療スタッフを招集し、緊急カテーテル検査を実施し、冠動脈形成術を施行しなければなりませんでした。しかし、限界というものもあります。胸痛を発症し、もうすでに時間も経っており、血圧も70mmHgを切っています。緊急でスタッフを招集しても、実際に閉塞した血管が再開通するのに2時間はかかります。「間に合わない」と直感しました。

その人はお坊さんでした。カルテにそう記載されていたのです。お坊さんは私の顔を見ながら、「助かりますか?」と訪ねたのです。私は正直に「おそらく、助かりません」と答えました。その人は「有難うございます。すみませんが、家族を呼んでもらえませんか」とお願いしてきたのです。

CCUのカーテンの中で、お坊さんは家族と話をしています。会話の内容は聞こえてきません。ただ、幸せそうなお坊さんの顔と、涙で眼を腫らした家族の顔が見えるだけです。30分もしなかったと思います。お坊さんは、家族に見守られながら、まさに眠るように亡くなられました。

翌日、その人の主治医で私の上司に叱責されました。「どうして、緊急招集をかけなかったのだ」と。私は何も答える事ができませんでした。その晩は「救命するだけが医師の仕事ではない、無理だと思えば、出来るだけ幸せな最期を迎えることができるようにするのも医師の役割だ」と感じていました。しかし、緊急招集をかけていたら、助けることができたかもしれない。今でも分かりません、あの晩私がとった行動は、正しかったのか、間違っていたのか。

2015年12月27日日曜日

心房細動発作時の頓服薬の飲み方

心房細動の発作頻度は人により様々です。少ない人は、1年に1回、多い人は、ほぼ連日。発作頻度により、治療方針も変わってきます。1年に1回、数分から数時間の発作しかないのに、合併症が起きる可能性のあるアブレーション治療を受けるか?ほとんどの人は「No!」です。

こういう発作頻度が少なく、発作時間も比較的短い人に対する心房細動の治療のひとつとして、「pill in the pocket」というのがあります。直訳すると、「丸薬をポケットに」です。つまり、発作が起きたときだけ、その発作を抑える薬を内服(頓服)する方法です。

この頓服療法では、薬物血中濃度を一気に有効濃度まで高めないと、発作は止まりません。なので、これらの薬の1回内服量の2〜3倍の量を一度に内服するのです。そうすると、1時間程度で薬物血中濃度が高まり、心房細動発作が停止します。

しかし、この方法にもその内限界が来ます。次第に薬の効き目が悪くなってくるのです。原因は、薬に対する耐性がついてくるのではなく、心房細動起源の暴れやすさが次第に増し、薬では手がつけられない様になってくるためです。

頓服に使用される、代表的な抗不整脈薬を示します。ピルジカイニドは主に腎臓から排出されるので、腎臓の機能が悪い人は内服不可です。




2015年12月26日土曜日

心房細動の隠れた原因 甲状腺機能亢進症

甲状腺とは頸部の前についている、内分泌器官で、全身の細胞の活動を活発化させるホルモンを産生します。

この甲状腺の働きが異常に活発化し、血液中の甲状腺ホルモンの値が上昇した状態が、甲状腺機能亢進症という病気です。この病気になると、甲状腺腫大(甲状腺が腫れる)、眼球突出、頻脈、発汗、振戦(手が震える)等の症状を来します。

この頻脈の一つとして、心房細動があります。私たち医師は、心房細動患者を初めて診察した際には、血液検査でこの甲状腺ホルモンの検査を実施します。甲状腺機能亢進症に伴う心房細動であれば、まずは甲状腺機能亢進症の治療を行わないと心房細動は治らないからです。

しかしながら、実際には、甲状腺機能亢進症の治療を行い、甲状腺ホルモンが正常化しても、心房細動はそのまま残存し、慢性化することがあります。その場合、カテーテルアブレーションが有効な治療手段となります。いままで、そのような患者さん10人以上に対してアブレーションを行い、そのほとんどで治療は成功しています。

鎌倉由比ガ浜です。天気が良いと、湘南海岸をミニバイクでツーリングします。暖冬のせいか、由比ヶ浜海岸は通年より、多くのサーファーで賑わっています。





2015年12月23日水曜日

心房細動の3大原因 加齢、心臓病、アルコール

心房細動の3大原因は、1)加齢、2)心臓病、3)アルコールです。

下の表は、アメリカ合衆国と日本の疫学的調査により判明した、心房細動の危険因子です。細かいところは多少異なりますが、この2つに共通することは1)加齢、2)心臓病(高血圧、弁膜症、心筋梗塞、心筋症)3)飲酒です。

また、この3つに共通することは、心臓にストレスがかかった状態だということです。1)加齢とは老化現象のことであり、老化すると心臓が疲弊します。2)心臓病では心臓に直接ストレスがかかり、3)アルコールは量が過ぎると、アルコールの心毒性により、心臓にストレスがかかります。

歳をとるのは避けられません。しかし、多くの心臓病と過剰飲酒に関しては、生活習慣を改善することで、コントロール可能です。そういう意味においては、心房細動も生活習慣病の1つと言えるのかもしれません。

左はアメリカ合衆国のフラミンガム研究、右が日本の久山町第2集団研究です。










2015年12月22日火曜日

心房細動と心筋梗塞

心筋梗塞は心房細動の原因になります。では逆に心房細動は心筋梗塞の原因になるのか?その回答を示す研究結果が最近発表になりました。

23928人を、約7年間経過観察したところ、648人が経過中に心筋梗塞を発症しました。その人達を詳細に解析すると、元々心房細動を持っている人は、そうでない人に比較し、約2倍心筋梗塞になりやすいそうです。(1)

心臓にできた血栓は、血流にのって末梢に運ばれていきます。それが大動脈の根本にある冠動脈の入口から入り込み血管を閉塞させて、心筋梗塞になるものと考えられます。

心房細動の患者さんが、ワルファリンを内服しないようになり、ある日突然、激しい胸痛を自覚します。心筋梗塞が疑われ、造影検査をしたところ、冠動脈が閉塞している。カテーテルを用いて血栓を吸引し、血流が再開、血管内エコーで観察すると血管の壁そのものは綺麗で、冠動脈の外から来た血栓がそこに詰まったと考えられることがあります。心房細動治療において、抗凝固療法がとても重要だということです。

実線が心房細動を持っていない人、破線が心房細動を持っている人です。横軸が時間、縦軸は累積心筋梗塞発症率です。破線の心房細動患者さんの方が、経過ととも心筋梗塞の発症率が高くなっています。
参考文献
(1)JAMA Intern Med. 2014;174(1):107-114.

2015年12月21日月曜日

アブレーション術後安静期間、運動再開、アルコール再開時期

「アブレーション後、いつ仕事に復帰しても良いでしょうか?」
「運動は、アルコールはいつから再開しても良いでしょうか?」
退院されるときに、患者さんから良く聞かれる質問です。

カテーテルアブレーション後は、心臓が火傷をしている状態ですので、術翌日は微熱が出ます。また、胸がチクチクするような胸部の違和感を自覚する方もいます。しかし、ほとんどの方は術翌々日には退院可能です。若くて元気な方は、退院後翌日から仕事をされている人もいますが、一般的には退院後数日で仕事に復帰されている方がほとんどです。しかし、高齢者は違います。体力のない方は、術後一週間は日常生活が送れず、入院を継続される方もいらっしゃいます。体力に関する予備能力が低下しているためと思われます。

運動に関しては、散歩くらいならば、退院後すぐにでも可能です。激しい運動は、術一ヶ月後から許可しています。

お酒も一ヶ月は控えて頂いていますが、正直なところしっかりとした根拠があるわけではありません。アルコールは心房細動の3大原因の一つなので、アブレーションをきっかけに節酒を体験して頂き、常習化した飲酒量でなくとも、より少ない量で十分にお酒を楽しむことができることを学習していただきたいためです。

今年、アブレーションカテーテルの製品視察のためにロサンゼルスに行きました。写真はロス近郊のワイナリー、テメキュラのぶどう畑の写真です。ワインの試飲をするうちに、調子こいて飲み過ぎてしまい、帰りの車ではかなり気分が悪くなっていました。適量のお酒で控えるというのは難しいですね。


2015年12月18日金曜日

リアルワールド

以前お話したペンタレイというカテーテルを使用すると、極めて詳細な心臓の解剖情報が得られます。

ペンタレイの先端は極めて柔らかい。これを心臓の内面に這わしながら、電極の位置情報を1秒間に60回の高頻度で採取すると、心臓内面の3次元画像が作成されます。心臓を開けて、内面を直接観察しているようなイメージです。

房室結節という正常刺激伝導路の近くを焼灼する際には、房室ブロックという合併症が起きる可能性があります。以前ならば、アブレーションカテーテルと房室結節の相対的位置が不明瞭なので、同部位を焼灼する時は、合併症を予防するために、低出力で通電していました。しかし、そのために焼灼部位が生焼けとなり、浮腫んでしまい、その後追加で焼灼を加えても、深部を焼灼できず、上手く治療できないことがあったのです。

この画像情報を見ながらアブレーションすると、房室結節とアブレーションカテーテルの位置関係がはっきりと分かるので、たとえ距離が近くても安全な部位であれば、最初から遠慮せず高出力で焼灼できるので、治療成功率が高まります。
左が従来のレントゲン像で、左下のアブレーションカテーテルの先端が不整脈起源がある部位、その近くに房室結節があります。しかし、房室結節の場所はレントゲンにはうつらないので、両者の位置関係は不明瞭です。右が、左のレントゲン像に対応する3次元画像です。黄色のポイントが房室結節、赤のポイントが不整脈起源です。その間は約1cm離れています。画像情報の差は歴然としています。

2015年12月16日水曜日

心房細動の人の中で、どういう人が脳梗塞になりやすいか。

同じ心房細動を有する人でも、脳梗塞になりやすい人とそうでない人がいます。それぞれの患者さんの脳梗塞を引き起こす可能性は、心房細動以外に、脳梗塞を合併しやすい病気や背景をいくつ持ち合わせているかよって変わってきます。それらの病気や背景とは、うっ血性心不全、高血圧、年齢(75歳以上)、糖尿病、過去に脳梗塞を発症しているかどうかということです。

これらの因子にそれぞれ点数をつけ、患者さん毎に合計点数を計算し、その患者さんの脳梗塞になりやすさの指標にしています。うっ血性心不全は1点、高血圧1点、75歳以上1点、糖尿病1点、脳梗塞の既往2点です。この合計点数は、それぞれの英語の頭文字をとってCHADS2(チャッズ)スコアと呼んでいます。例えば、76歳の、糖尿病を持っている心房細動の人は、75歳以上(1点)と糖尿病(1点)が該当しますので、CHADS2スコアは2点になります。

このスコアは実に有用です。次のグラフは、このスコア別(0~6点)に、1年間に脳梗塞を発症する頻度を表したものです。スコアの点数が上がるごとに脳梗塞合併の割合が高くなっています。CHADS2スコアが6の人は、1年間に100中、18人の人が脳梗塞を発症するということです。

我々医師は、心房細動患者さんに、抗凝固薬(血液をさらさらにする薬)を投与するかしないかを決めるときに、このCHADS2スコアを計算して考えています。このスコアが2点以上になれば、脳梗塞予防のために、抗凝固薬を内服したほうが良いと言われています。ただし、NOACのプラザキサとエリキュースを使用するならば、これらの薬は出血性合併症が少ないので、CHADS2スコアが1点でも投与した方が良いとされています。

CHADS2スコア別の年間脳梗塞発症率 (縦軸が年間脳梗塞発症率、横軸はスコア)
出典 JAMA 2001;285:2864–70.


2015年12月14日月曜日

日本で推定される心房細動患者数はおよそ170万人

心房細動はその発症形態により、発作性、持続性、慢性心房細動に分類されます。発作性心房細動とは、心房細動が発作的に発症し1週間以内に自然に治まるもののことを言い、持続性、慢性心房細動とは、心房細動が慢性的に継続し、その継続期間が1年未満のものを持続性、1年以上のものを慢性心房細動と呼んでいます。
 
下記のグラフは、2005年から2050年までの日本における心房細動患者数を表したものです。2003年に日本全国で実施された健康診断の結果より推定されたもので、解析対象者数が63万人と非常に多いので、かなり信頼性の高いものと思われます。このグラフから推定すると、2015年現在では、心房細動患者数はおよそ90万人です。ただし、この研究で拾い上げられた房細動とは、健康診断の際に心電図が心房細動を示していたもののみで、そのほとんどは、上記の持続性、慢性心房細動であり、発作性心房細動は含まれていません。
 
京都市伏見区の79の医療施設は、同施設を受診した発作性、持続性、慢性心房細動患者を可能な限り全て登録し、心房細動患者の臨床背景や治療の実態調査、予後追跡を行う研究を実施しています。登録患者数は2011年3月〜2012年6月の間で3183名であり、心房細動患者の内訳は、発作性が46%、持続性が7.3%、慢性が46.7%でした。この割合を先の研究にあてはめると、現在の日本における発作性心房細動患者数は80万人と推定され、心房細動患者をすべて合わせると170万人です。この数は高齢化社会の影響もあり、2030年〜2040年までは増加し続けると予想されています。

 
これだけ心房細動患者が多いと、それによって引き起こる合併症や治療費などの諸問題も国レベルでは甚大となり、心房細動にならないための予防方法を啓蒙したり、もしくは、なったとしてもより適切な治療方法を実施することに注意を払うべきと思われます。

日本における心房細動患者数の経年変化 縦軸は人数(×1万人)横軸は西暦
Inoue et al. International Journal of Cardiology 2009:137;102–107



2015年12月13日日曜日

アブレーション術前注意事項 飲んで良いくすり、ダメなくすり

内服しても良い薬:降圧薬 糖尿病薬、胃薬等、また、心房細動の患者さんが良く内服されているワソラン、メインテート、テノーミン(脈拍を遅くする薬)も内服して構いません。

内服を中止する薬:抗血小板薬(血液サラサラの薬)のアスピリン、プラビックスは7〜14日前、プレタールは2〜3日前に中止します。アスピリンやプラビックスは血小板に一度結合したらそのままずっと血小板が死ぬまで、その働きを阻害します。なので、その効果がきれるのは、血小板の寿命(7〜10日)に一致します。

内服を一般的に中止する薬:不整脈薬のアンカロン、ベプリコールは数週間〜1ヶ月前から、サンリズム、タンボコール、プロノン、シベノールは数日前から中止します。これらの薬は不整脈を止めてしまう効果があり、アブレーション中に心房細動の原因部位を同定するのを妨げてしまいます。

病院により、中止したり継続したりする薬:抗凝固薬(ワルファリン、プラザキサ、イグザレルト、エリキュース、リクシアナ)、以前はアブレーション前に中止していました。しかし、ワルファリンは内服したままアブレーションを実施したほうが脳梗塞の合併率が下がることが判明し、いまではほとんどの施設は継続したままアブレーションを実施しています。ただし、アブレーション当日朝は中止することが多いようです。

横須賀の隣町鎌倉の稲村ヶ崎から見た富士山です。関東地区は、秋から冬にかけて空気の澄んだ日が多く、富士山が綺麗に見えます。オートバイでショートツーリングに行ったときに撮影したものです。ここ湘南は真冬でも普通にサーフィンしている人が大勢います。右側砂浜にサーフボードを抱えた人が写っていますね。




2015年12月10日木曜日

心臓の耳は脳梗塞の温床部位

心房細動は脳梗塞になりやすい。その原因となる血液の塊(塞栓源)はほとんどが左心耳に存在します。心耳とは心臓の両側にまるで耳のようにくっついているのでそう呼ばれていますが、その左側のものが左心耳です。この左心耳、脳梗塞の予防のために、心臓手術の際についでに切除されることもあります。左心耳がなくなっても、患者さんにとって、特に都合の悪いことは発生しません。


脳梗塞を引き起こす原因となり、切除されてもとくに不都合を生じないような心耳を、どうして神様は創り給うたのか。心耳は胎生期(母親の胎内にいる頃)には、原始心房としてポンプ機能をもって働いています。胎内で心臓が成長してくると、肺静脈の一部が左右の心房に変化し、原始心房は心耳として残されるのです。心耳には、胎生期にポンプ機能を果たすために必要であった心筋が櫛状に残存し、そこに血液が停滞しやすいので、血栓の温床部位となってしまうのです。


この左心耳を胸腔鏡下で完全にとりさる治療を行う心臓外科医が、東京都立多摩総合病院にいらっしゃいます。その先生の書かれた論文(1)によると、10年以上の慢性心房細動があり、血栓塞栓症の既往がありながら、何らかの理由で抗凝固療法(ワルファリンやNOAC)を実施できない30人の患者さんに、この治療を実施したところ、平均16ヶ月の経過観察で、抗凝固薬を内服しなくても脳梗塞を起こした人はいないそうです。

同じ様な患者さんが沢山いらっしゃる訳ではないかもしれませんが、非常に重要な治療だと思います。横須賀にも一度来ていただいて、手術をお願いしたことがあり、見学させていただきましたが、素晴らしい技術でした。

黄色で取り囲まれた物が左心耳に形成された血栓です。抗凝固療法を実施されていない患者さんにできていました。その後ワルファリンを開始し、この血栓は次第に消失し、脳梗塞を合併せずにすみました。


参考文献
(1)Ohtsuka T, Ninomiya M, Nonaka T, Hisagi M, Ota T, Mizutani T. Thoracoscopic Stand-Alone Left Atrial Appendectomy for Thromboembolism Prevention in Nonvalvular Atrial Fibrillation. J Am Coll Cardiol. 2013;62:103–107.