今年最後のブログです。「愛媛県立新居浜病院 救命救急センター」で私は働いていました。平成13年〜14年だったと思います。その晩私は、同センターの当直医でした。
年配の男性が救急車で運ばれて来ました。主訴は胸痛。型のごとく、胸部レントゲン写真を撮り、心電図検査、血液検査を実施します。結果は心筋梗塞でした。カルテにはすでに2回の心筋梗塞を患っていると書かれています。心臓を栄養する血管は3本です。2回の心筋梗塞の既往とは、3本の内2本は閉塞しているということです。その時の検査結果は残る1本の血管が詰まったことを意味していました。
私はすぐに医療スタッフを招集し、緊急カテーテル検査を実施し、冠動脈形成術を施行しなければなりませんでした。しかし、限界というものもあります。胸痛を発症し、もうすでに時間も経っており、血圧も70mmHgを切っています。緊急でスタッフを招集しても、実際に閉塞した血管が再開通するのに2時間はかかります。「間に合わない」と直感しました。
その人はお坊さんでした。カルテにそう記載されていたのです。お坊さんは私の顔を見ながら、「助かりますか?」と訪ねたのです。私は正直に「おそらく、助かりません」と答えました。その人は「有難うございます。すみませんが、家族を呼んでもらえませんか」とお願いしてきたのです。
CCUのカーテンの中で、お坊さんは家族と話をしています。会話の内容は聞こえてきません。ただ、幸せそうなお坊さんの顔と、涙で眼を腫らした家族の顔が見えるだけです。30分もしなかったと思います。お坊さんは、家族に見守られながら、まさに眠るように亡くなられました。
翌日、その人の主治医で私の上司に叱責されました。「どうして、緊急招集をかけなかったのだ」と。私は何も答える事ができませんでした。その晩は「救命するだけが医師の仕事ではない、無理だと思えば、出来るだけ幸せな最期を迎えることができるようにするのも医師の役割だ」と感じていました。しかし、緊急招集をかけていたら、助けることができたかもしれない。今でも分かりません、あの晩私がとった行動は、正しかったのか、間違っていたのか。